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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1767号 判決 1964年7月17日

原告(反訴被告) 関口角蔵

被告(反訴原告) 田畑泰

主文

原告の被告に対する昭和三二年一月二二日付金銭消費貸借契約に基く元金四〇〇万円、弁済期同年四月二一日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩金八銭の債務のうち、元金九五万五、〇〇〇円、弁済期同年四月二一日、利息年一割八分、期限後の損害金年三割六分の債務を超える部分は存在しないことを確認する。

被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の土地について

一、千葉地方法務局昭和三二年一月二四日受付第六八一号をもつてされた抵当権設定登記

二、同法務局昭和三二年一〇月一九日受付第一三〇八二号をもつてされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

被告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴とも被告の負担とする。

事実

一、原告の本訴申立

(一)  原告の被告に対する昭和三二年一月二二日付金銭消費貸借に基く元金四〇〇万円、弁済期昭和三二年四月二一日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩金八銭の債務は存在しないことを確認する。

(二)  被告は原告に対し別紙目録記載の土地について

(1)  千葉地方法務局昭和三二年一月二四日受付第六八一号をもつてされた抵当権設定登記

(2)  同法務局昭和三二年一〇月一九日受付第一三〇八二号をもつてされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、本訴請求原因

(一)  被告は原告に対し原告の申立(一)項記載のような債権を有していると主張し、これについて後述のような抵当権設定登記がされている。しかし、原告は被告と右のような消費貸借契約をしたことはなく、またそのような金員を受領したこともないから、被告に対し右債務の不存在の確認を求める。

(二)  つぎに原告所有の別紙目録記載の不動産(以下本件土地と言う)には、被告のために千葉地方法務局昭和三二年一月二四日受付第六八一号をもつて、同月二二日付前記金四〇〇万円の金銭消費貸借についての同日抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記がされている。しかし原告は前述のように、金四〇〇万円を借受けたこともなく、そのような抵当権設定契約をしたこともないから、右登記の抹消登記手続を求める。

(三)  また本件土地には被告のために、千葉地方法務局昭和三二年一〇月一九日受付第一三〇八二号をもつて、同日売買を原因とし、農地法による許可を条件とする所有権移転請求権保全の仮登記がされている。しかし、原告はこのような売買契約をしたことはなく、右仮登記は実体を欠く無効のものであるから、その抹消登記手続を求める。

三、被告の申立

本訴について

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

反訴について

(一)  原告と被告の間に、昭和三二年一〇月二日本件土地について千葉県知事の許可を条件とする売買契約の成立したことを確認する。

(二)  原告は右土地について、千葉地方法務局昭和三二年一〇月一九日受付第一三〇八二号をもつてされた所有権移転請求権保全の仮登記の登記原因として、「同日売買」とあるを、「同年同月二日売買」と更正登記手続をせよ。

(三)  原告は千葉県知事に対し、本件土地を農地以外のものにするため、その所有権を被告に移転するについて、農地法施行規則第六条の規定による許可申請手続をせよ。

四、被告の本訴請求原因に対する答弁および反訴請求原因

(一)  本件土地について原告主張のような抵当権設定登記ならびに所有権移転請求権保全の仮登記がされていることは認めるが、その他は争う。

(二)  被告は昭和三二年一月二二日原告に対し、金一〇〇万円を利息月五分、弁済期同年四月二一日の約束で貸付ける契約をし、同日金六〇万円、同月二四日金三五万五、〇〇〇円合計金九五万五、〇〇〇円を交付した。右利息の約定は、利息制限法の制限内で有効である。

(三)  被告は昭和三二年一月二二日右消費貸借契約に際し、原告と本件土地について左のとおり抵当権設定契約をした。

債権額 四〇〇万円

弁済期 昭和三二年四月二一日

利息 年一割五分、毎月二一日払

損害金 日歩金八銭

右債権額四〇〇万円は、前記貸金一〇〇万円に月五分の利息五年間分三〇〇万円を加算した金額であり債権額を右のように定めたのは原告の申出によるものである。したがつて右抵当権設定契約は少くとも金一〇〇万円(もしくは九五万五、〇〇〇円)の被担保債権の限度では有効である。

(四)(1)  被告は昭和三二年一〇月二日原告と本件土地について農地法施行規則第六条による県知事の許可を条件とする売買契約を締結し、これにもとづいて原告主張の仮登記がされたものである。その売買代金は前記貸金一〇〇万円(もしくは九五万五、〇〇〇円)とこれに対する昭和三二年一〇月二日まで月五分の利息ならびに損害金の合計額とする約束であり、かりにそうでないとすれば金四〇〇万円の約束である。

なお、右仮登記の登記原因として、売買の日付が昭和三二年一〇月一九日とあるのは昭和三二年一〇月二日の誤りであつて、更正登記しなければならないものである。

(2)  かりに右のような単純な売買の事実が認められないとすれば、被告は次のとおり主張する。

被告は前記のとおり原告に金一〇〇万円(もしくは九五万五、〇〇〇円)を貸付けたが、更に昭和三二年五月一日原告に対し金一八万円を弁済期同月三一日、利息および損害金は月五分の約定で貸付けた。そして昭和三二年一〇月二日原、被告間において、右両債権を含めた被告の原告に対する全債権を担保するため、譲渡担保の目的で、農地法による県知事の許可を条件として被告に本件土地の所有権を移転する旨の契約が成立し、それに基いて仮登記がされたものである。

(3)  よつて原告の本訴請求は失当であり、被告は反訴請求の趣旨のとおりの判決を求める。

五、反訴における原告の申立

(一)  被告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

六、被告の四の主張に対する原告の答弁、

(一)  被告主張の日時頃金一〇〇万円を借受ける契約をし、合計金九五万五、〇〇〇円を受取つたこと、昭和三二年五月一日金一〇万円を、同年五月中金五万円を借受けたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  被担保債権額を金四〇〇万円として抵当権設定契約がされたことは否認する。抵当権設定契約は右一〇〇万円の消費貸借契約についてされたものである。したがつて金四〇〇万円の債権を担保する旨の抵当権の登記は、その実体と比較し、権利の同一性を欠く程の不一致があるから抹消されなければならない。

(三)  被告主張のような売買契約もしくは譲渡担保契約があつたことはいずれも否認する。

七、証拠<省略>

理由

一、本件土地について、原告主張のような抵当権設定登記がされていることは当事者間に争がない。

二、そこでまず右のような債権債務が存在するかどうかについて判断するに、被告が原告に対し金四〇〇万円を貸付けた事実を認めるに足る証拠は何もない。もつとも被告が昭和三二年一月二二日原告に金一〇〇万円を貸付ける契約をし、合計金九五万五、〇〇〇円を交付したことは当事者間に争がないが、消費貸借はいわゆる要物契約であつて、原則として現実に交付された金額について、成立するにすぎないから、右原、被告間の消費貸借上の債権元本は金九五万五、〇〇〇円であるといわなければならない。そして証人新山文雄の証言と被告本人尋問の結果によれば、右貸金は弁済期を昭和三二年四月二一日とし、月五分の利息の約定があつた事実を認めることができる(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない)。そして右利息の約定は、利息制限法の制限に従つて利息年一割八分、遅延損害金年三割六分の範囲で有効であるから、結局原告の被告に対する債務は元金九五万五、〇〇〇円、弁済期昭和三二年四月二一日、利息年一割八分、遅延損害金年三割六分の限度で存在し、これを超える部分は存在しない。

そうすると、原告の確認請求は右の範囲を超える部分の不存在確認を求める限度において正当であるから認容し、その余は失当として棄却する。

三、右に述べたように、原、被告間の消費貸借が元金九五万五、〇〇〇円の限度で成立したとすれば、その債権を担保するために本件土地に設定された抵当権の被担保債権の元本も当然右と同一金額でなければならない。ところが前記のように、被担保債権の元本額を金四〇〇万円とする抵当権設定登記がされているのであるから、その登記は実体と合致しない無効の登記であつて被告はこれを抹消しなければならないことが明らかである。

このような場合、原告は更正登記による救済を求めることができるから、抹消登記手続は許されないとの見解も考えられるところであるが、更正後の登記と更正前の登記との間に同一性を認めることができない程の相違があるから、更正登記の手続によることはできないと解するのが相当である。よつて原告のこの点の請求も正当である。

四、つぎに本件土地について、原告主張のような所有権移転請求権保全の仮登記がされていることは当事者間に争がない。被告は右仮登記の登記原因として、本件土地について県知事の許可を条件とする売買契約が成立した、かりにそうでないとしても譲渡担保契約が成立した旨主張し、この主張に沿う証拠として、乙第五号証の一、同第一一号証の三、四および被告本人尋問の結果が存在する。しかし原告本人尋問の結果によれば、乙第五号証の一および同第一一号証の四はいずれも原告が署名押印だけしてその余は白紙のまま、昭和三二年一月頃前記抵当権設定に際し被告に交付しておいたものであると述べており、これを否定して右両書証が真正に作成されたものであると認めるに足る証拠はない。また同じく原告本人尋問の結果によると、三ケ月毎に被告の要求によつて原告の印鑑証明を被告に届けていたと述べているので、乙第一一号証の三があるからといつて、被告が売買を承諾していたことの証拠とすることはできない。そして被告本人尋問の結果のうち被告の前記主張に沿う部分は採用できず、他に被告主張事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、前記仮登記もまた実体を欠く無効な登記であつて抹消されなければならないものである。

五、右に述べたとおり、被告主張の売買契約が成立したとの事実を認めるに足る証拠はないから、右売買契約が成立したことを前提とする被告の反訴請求は失当として棄却する。

六、以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を適用して主文のとおり判決するる。

(裁判官 中島一郎)

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